東京大学物性研究所
The University of Tokyo, The Institute for Solid State Physics
レーザー励起光電子顕微鏡(レーザーPEEM)
(図の説明)本研究室の超高分解能レーザー光電子顕微鏡
近年の情報記録技術の高度化は、ナノテクノロジーの進展による材料・デバイスの微細化によるところが大きく、産業にも大きな影響を与えています。例えば今日の半導体プロセスでは30 nmよりも小さい微細加工技術が当然になり、また磁気記録デバイスにおいても超高密度化による微小化が進んで1ビットあたりの記録領域がナノメートルサイズに達しています。そのような微小な物質の性質(物性)は巨視的な物質のものとは大きく異なることが知られており、ナノスケール特有に見られる物性や構造を直接知る計測手法が強く求められています。
光電子顕微鏡(PEEM)は仕事関数以上のエネルギーを持った光を照射したときに放出される電子(光電子)を拡大・結像する電子投影型の顕微鏡です。PEEMは光源としてシンクロトロン放射光を用いることで化学マッピングや磁気イメージングを行うことが可能であり、その解像力(空間分解能)は約20 nmまで到達しています。
また仕事関数よりもやや大きい光子エネルギーを持った光(紫外線)を光源として用いると、仕事関数の大きさに強く依存したコントラストが得られます。仕事関数は、元素や化合物の違いは勿論のこと、導電性や価数、結晶構造や結晶性(結晶・非結晶)、磁性など様々な物理的・化学的性質の違いによって大きく異なるため、PEEMはこのような物性をコントラストとして可視化することができます。
(図の説明)光電子顕微鏡による観察例。左から順に、光記録ディスクのデータパターン(結晶・非結晶部)、CCDセンサーの回路(金属・非金属部)、Si(100)清浄に見られる表面再構成の空間分布。
本研究ではこのPEEMをさらに高度化し、より微細な物質の構造や物性を明らかにするため、紫外レーザーとPEEMとを組み合わせた全く新しい顕微鏡装置を開発しました。PEEM部分では、電子レンズ系で引き起こされる各種収差(画像ボケ)を取り除く収差補正機構を備え、また光電子の運動エネルギーを解析・単色化するためのエネルギー分析器を備えています。また放出した電子同士のクーロン反発によって空間分解能が悪化する問題(スペースチャージ効果)を極限まで抑えるため連続波のレーザーを用いました。その結果、現在までに2.6 nmという世界最高の空間分解能を達成しました。
さらに、このレーザーPEEMを用いると、レーザーの偏光性を利用して物質中の磁気(スピン)情報を得られることも分かりました。これによりハードディスク装置のようなデバイスだけでなく、例えば次世代の技術として期待されている磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)等のスピントロニクス技術への応用が期待されます。